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不妊治療から妊娠までの2年半、検査薬の2本線が見えた!

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結婚してから1年が経ち、自分よりも後から結婚した人がどんどん妊娠して、授かり婚をして行く中、私はみんなにおいていかれた気持ちになっていました。

 

元々、両側に卵巣嚢腫をもっていたこともあり、できにくい体質でもあり…、それを分かっていたので結婚してから1年間、子供ができなかったら、不妊治療をしようと決めていました。

母からはゆっくりで良いよ、気にしないで良いよ…と言われていたものの、なぜか子授け守りを貰い…急かされている気になりました。

仕事は正社員フルタイム。

不妊治療を始めたはいいものの、排卵の時期によっては、仕事を早退したり、遅れて行ったり、時には休むことも…同僚には迷惑かけてしまうこともあり、申し訳なさで治療やめようか…それとも仕事を辞めようか…そんな悩みは尽きませんでした。

そんな時上司が、『仕事は子供が出来てもできる。子供は10年後できるとは限らない』

その言葉が、もやもやしていた私の背中を後押ししてくれました。

不妊治療に通い、仕事は朝早く行ける時に進めたりして、周りに迷惑かける事が少なく済むように…。

 

治療から2年、恐れていた両側の卵巣嚢腫を手術することに。

大きくなりすぎて、これ以上待てないということで、一旦治療はお休みし、手術へ。しかし、手術をすると、卵巣機能低下の恐れもあるから、最悪の場合、子供は厳しいかもしれないと言われた事があって、、半ば子供諦めの手術。治療は暗くて長いトンネル。いつ終わるのかわからない不安な気持ちで毎日を過ごしていました。

手術によって、トンネルから抜けられるなら…と、どこかスッキリした自分もいて。

 

手術後、先生からの説明では、卵巣は切らずに済み、温存してくれたようで、、身体の回復も早く、退院翌日には仕事復帰をしました。

 

術後1回目の生理がきて、検査結果も良かったので、可能性は分からないけど、区切りをつけるためにも、最後にあと少しだけ不妊治療を続けてみよう。それでダメだったら諦めると決めました。

 

手術によって1週間入院で迷惑かけたのに、まだ迷惑かけるのか!って思われたりもしただろうけど、上司の言葉を思い返しながら、再出発したのです。治療は、術後だから一旦ステップダウンしましょうと言うことで、はじめに戻って数値の検査をし、タイミング法でいくことに。

先生から指定された日の3日間夫婦生活を送ってくださいと言われましたが、夫の仕事の都合もあり、最後の1日はできず…。

先生も、「あ〜…仕方ないですよ、次頑張りましょう。また生理がきたから予約入れてくださいね」

って、もう次の話…

いつも通りの検査をし、

いつも通りの注射をし、

いつも通りの道を歩き、

いつも通りの生活をし、

いつも通りの晩酌をし、

 

1ヶ月過ぎたころ、生理が来ていないことに気付き、検査薬をしたところうっすら陽性。治療してから2年半一度も見たことない二本線。諦めかけていた頃、息子がお腹に宿ってくれていました。

親には心配かけたくなくて不妊治療していることは内緒。でも、治療は恥ずかしいことじゃない。だから周りの友人や会社の人には治療していることは公開していました。

辛い治療で、泣いた日。

周りに置いていかれた日。

弱音を吐いた日。

やけ酒した日。

夫にあたった日。

でき婚の友達に嫌味を言った日。

諦めがついた日。

もう少し頑張ろうと思った日。

毎日喜怒哀楽。

私よりも辛い思いしてる人も沢山いる。決して楽しい道のりじゃなかった。でも、頑張って良かった。

著者:とまと

★アラサー

★正社員フルタイム

結婚してから1年。出来なかったら不妊治療をしようと決めていた日。そこから私の仕事と不妊治療の両立の日々が始まりました。治療は恥ずかしいことじゃない、明日は我が身。

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