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出産途中から記憶なし…。回旋異常に弛緩出血、医師にも驚かれるほどの難産

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出産予定日超過6日目、朝起床時より透明なおりものに混じった真っ赤な出血。

おしるしか?と思いつつ、その日は木曜日、産婦人科は休診日だったこともあり、そのまま様子を見ていました。

しかし、お昼過ぎ、急に不安になり、里帰り出産だった為実家に居た母にナプキンを見せ、これって大丈夫?と確認。笑

母も不安になり、すぐ産婦人科に電話、そのまま病院に来てくださいとのことで仕事中の父を呼び、病院に向かいました。

 

診察の結果、破水ではありませんでしたが、誘発剤を使う予定入院の4日前だったこともあり、そのまま入院。陣痛がなければ、翌日から誘発剤を開始することになりました。

 

出血は続いていましたが穏やかに何事もなく朝を迎え、誘発剤点滴を開始。

徐々に陣痛は強くなり、言葉も発することができず、ただ地面を叩きつける程の痛みが1分間隔で来るのを耐えましたが子宮口は開かない。

歩いたり、足浴をしたり、スクワットをしたり..耐えること3日。看護師長さんが「もう今日産みましょう!」と。3日の陣痛に私はへとへとでした。

助産師さんの内診で人工的に破水。分娩台に行くもなかなか赤ちゃんは降りて来ず。

赤ちゃんも苦しくなってきてるね、とのことで産婦人科医3人、新生児科医1人、助産師2人が来て、クリステレル、吸引、鉗子とあらゆる処置をしてもらうもなかなか生まれず。

 

出産の途中から私の記憶はありません。ほとんど医師のお陰で生まれて来ました。

それから私の記憶が戻ったのは5時間後。回旋異常だったそうで、胎盤が出た後も出血が止まらず3000ml以上出血がしたとのこと。両腕に点滴の管が繋がれ、輸血もされていました。

子宮にはバルーンが入れられ、圧迫止血中でした。貧血で吐き気がし、目眩がし、頭痛も酷かったです。そのまま24時間以上を分娩台で過ごしました。

 

エコーでは3700g予想だった第一子の女の子は3440gでした。なぜか私は自分は絶対安産だと思っていたのですが、院長先生からも驚かれる程の稀な難産であり、苦い初めての出産の思い出となりました。

著者:きいちゃん

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