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原因不明の長引く腰痛…、産後骨粗しょう症による圧迫骨折に

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腰痛とは無縁だった私。妊娠中も特にトラブルなく、元気に過ごしていました。

 

ところが出産して2か月が過ぎたころ…腰が痛い。産後はよく腰痛がでると聞くし、仕方ないんだろう。みんな我慢しているんだ。産後の骨盤のゆるみから来ているものと思い込んで、整骨院に週2回のペースで通いました。

整体師さんにも、かなりずれてますね、これは痛いはずですよ、と。

その状態で3週間ほど我慢しましたが、ある時から背中から腰にかけてをハンマーで思いっきり殴られたような痛みが出てきたのです。

それは立ち上がる瞬間だったり、ただ歩いている時だったり。ハンマーが来た瞬間は、その痛みと衝撃で必ずこけてしまいました。

 

いよいよおかしいと思い、母の勧めもあり病院へ。

圧迫骨折をしていますね、何でかな?でも若いから安静にしておけば1か月で治るよ。医師にそう言われ、義理の両親の家で赤ちゃんごとお世話になることになりました。

抱っこもおむつ替えも出来ず、ただただ授乳をするだけ。

赤ちゃんと私の世話を全てしてくれている義母への申し訳なさ、そして何より赤ちゃんのお世話を全くしてあげられない悲しさ。

安静にしてたら治るんだ、今だけだと自分に言い聞かせて毎日を過ごしていました。

 

しかし一向に改善の兆しが見えないどころか、痛みは増していき、ついに慎重に寝返りを打つだけでもハンマーが来て、起き上がれなくなりました。それでもトイレに行かなければと歩き出そうとした瞬間、今までとは比べ物にならないようなハンマーの連続打がきて絶叫して倒れ、救急車で病院に搬送。

その時の痛みは出産を超えるかと思うほどでした。

新しい病院では腰椎の全てが圧迫骨折をしているとのこと、原因は不明。ハンマーの痛みは、骨が折れていた痛みだったのです。

その後の検査結果などにより、すごく患者数は少ないがおそらく「産後・授乳関連による骨粗しょう症」だろうとのこと。簡単に言うと、授乳によりカルシウムが失われすぎて、骨粗しょう症になり、圧迫骨折をしていたのです。

 

第一の治療は断乳

母乳が次から次へと溢れてくるほどだった私は、赤ちゃんへの申し訳なさで大泣きしました。その時寝たきりだった私は、母親として何もしてあげられない悲しさ、おっぱいまであげられなくなれば、自分の存在価値はなくなると思いました。

入院室の窓から外が見え、健康で歩いているというのはなんて素晴らしかったんだろう、もう一度自分の足で歩いて笑える日がくるのだろうか…ただただ希望が見えない日々でした。

散々悩み、ひたすら涙だけが溢れていたとき、助産師さんから、おっぱいの代わりはあるけど、お母さんの代わりはいないんだよと励ましの言葉を貰い、断乳を決断。

母が見つけ、代わりに話を聞きに行ってくれたセカンドオピニオンのかいもあり、ようやく治療がスタート。

毎日自分のお腹に自己注射をするという治療になりました。その注射を始めてからは、再骨折はなくなり、時間とともに痛みも改善していきました。

恐かったのはベッドから立ち上がる時です。

また骨折するのではないか、また悪化するのではないか。体力的に立てないのではなく、精神的に立てないのです。日常動作がひたすら恐怖で、リハビリもゆっくりと進めてもらいました。

 

そして1か月後に退院。

赤ちゃんは4か月になっていました。

入院中は夜遅くまで仕事をしている主人に代わり、義理の両親と母が交代で赤ちゃんを見てくれて、週に2回は面会に来てくれていました。見るたびに成長していく赤ちゃん。幸いミルクもよく飲んでくれているとのこと。主人も忙しい仕事の合い間を縫って、時間がある日は病室で一緒にご飯を食べ、いつも励ましてくれました。

赤ちゃんのお世話から、私のフォローまでしてくれた義理の両親と母には感謝しかありません。私は病気にはなってしまったけど、周りの人たちに本当に恵まれていると思いました。この場を借りて御礼を言います、いつも本当にありがとうございます。

今日娘は9か月になりました。

私は今も注射を続け、通院していますが、ベビーカーを押しながら外を元気に歩いています。あの頃からは想像もできなかったことです。体がよくなると、ついついその有り難さを忘れてしまいますが、健康はそれだけで宝です。

同じ病気で苦しみ、絶望の中にいる人に少しでも励ましになればと思い、この体験記を書きました。今は辛く、希望が見えなくても必ず取り戻せます。

一緒に頑張っていきましょう。

著者:Amama

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