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元旦の朝

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年が変わった夜中、2時頃目が覚めてトイレに起きると下着が濡れていました。年末からたまに咳が出ていたので、寝ながら咳してオシッコ出てしまった!なんて軽く考えて、下着を変えてもう一度眠りにつきました。

予定日は年が明けて11日。初産は遅れるなんて話を聞いてたし、破水とは考えず。また四時頃になり目が覚めて、また下着が濡れている。なんかヤバいかもしれないと思いながら、痛みがないからそのまま朝食や朝の家事を始めました。

 

その間もチョロチョロ出てる感じがありました。元旦の朝は、毎年夫が一年で最も楽しみにしてる、恒例の釣り具屋さんの初売りに朝から行きます。予定日1ヶ月前から自粛して、お酒も飲まず、なるべく側にいてくれてたから、初売りだけは行って欲しいと思っていました。様子がおかしいのは言わず、初売りに送り出します。

 

おっきいばあちゃんと義母が家にいる状態で、病院までは30分。元旦だし、どうしよう。電話していいのか迷いながら、結局電話かけたのは8時半。「破水してるんですね、そういう時はすぐにかけてこないと!」と言われ、とにかく早く病院に行くことになりました。

 

自分の行動を後悔しながら、夫に電話。今すぐ戻ると言う夫を、だんだん静かにやってきた痛みと待ちます。夫が帰ってきて痛みもまだ全然だったので、普通に車に乗り病院へ行きました。

診察から先生のお話へ。「破水後は感染症のリスクが高いから、すぐ電話して病院こないと!」と言われ、赤ちゃんに何かあったらどうしよう、と自分の考えなしをただただ後悔しました。「もしこのまま陣痛おきなくて、子宮口の開きも悪かったら、帝王切開になります」と言われた。赤ちゃんを痛みを感じながら自力産みたいってずっと思ってたので、なんてバカだったんだろう、とぐるぐる考えていました。

 

とりあえず病室にいき、ベッドに横になりながら陣痛をまちます。午後1時頃になって、だんだん痛くなり、そしておさまる。夫は隣でたまにさすってくれました。そしてずっと痛くなってきて、なんか下からドュルンって塊が出た感触があり、ナースコールで「なんか出ました!」と言ったら、分娩室の1つ前の部屋に移動しました。

自力で歩きましたが、めちゃめちゃ痛かった。子宮が痛いのか、お尻が痛いのか、何が痛いのか、どうやって逃すのか、もう訳わからなくなっていました。声出しても痛い。布団握っても痛い。息してもとめても、深く吐いても吸っても痛い。どうしていいんだか分からないまま、子宮口も開き始め、分娩室へ。

吸って吐いて、止めてを繰り返すんだけど、全然うまくできません。違うのも出そうって頭の奥の方でおもいながら、我慢する余裕もやり方も分からず、ひたすら踏ん張る。だんだん頭が見えて来たみたいで、引っ張るからね!と、吸引分娩に切り替わりました。助産師さんが上に乗り「はい、いきんでー!!」と言われ、とりあえず無心でいきみます。夫に何見られても先生達に何を見られても、赤ちゃん早く出してあげたくて、もうひたすらいきむ!「でたよー!」の声がして、薄い膜と血がついた赤ちゃんが少し見えました。あ、やっと会えたと思ったら瞬間、赤ちゃんも大きな声で泣いてくれました。

隣では夫が泣いてました。赤ちゃんは助産師さんに連れてかれ、夫も病室に戻されました。私は会陰切開されたところを縫われたんだけど、それがめちゃめちゃ痛かったです!まだこの痛み続くの〜って、叫びたかった!寒かったわけではないのに、歯がガタガタ、口がブルブル震えるのがしばらく止まらなかったです。

 

大晦日、普通に買い物行ったりラーメン食べに行ったりしてたのに、まさか翌日産まれてるとは。怒涛の元旦でした。

今思うのは、破水後の自分の行動が、知識も足りず、自分の軽はずみに大丈夫だろうなんて考えをもっていたこと、馬鹿としかいいようがありません。赤ちゃん感染症のリスクにさらしてたなんて、親として最低だと反省しています。

初売り行かせたいとか、そんなの、赤ちゃんが元気に産まれてきてくれるなら、全然どうでもいいくらいのことなのに。本当に、無事に元気に産まれてきてくれたことに、ひたすら感謝です。

著者:さち

元旦ベイビーの母になりました

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