妊娠・出産・育児の情報サイト


フルコース 〜陣痛からの緊急帝王切開とその後の育児〜

f:id:akasuguedi:20160601094618p:plain

娘は5月で2歳になりました。娘が生まれた時のことを皆さんにお話しします♪

 

『出産予定日だと言うのに、未だに前駆陣痛もないしこの子はきっとのんびり屋さんね〜。でもまぁ、スルッと産まれてきてくれるでしょう!』

なんて夫と話していました。

前駆陣痛が来たのは予定日から3日後のこと。前駆陣痛は治まることなくそのまま本陣痛を迎えましたが、その間は20時間もかかりました。

 

準備をして自家用車で病院へ。そのまま入院。本陣痛に移行したものの子宮口がなかなか開かず、本陣痛になってから更に12時間経過しました。赤ちゃんも私も長時間の子宮収縮で高熱を出し、心拍は乱れていました。

分娩台に連れていかれエコーでお腹を確認すると、なんと赤ちゃんが産まれるのとは別の方向を向いていて出てこられないとのことでした。陣痛のたびに四つん這いや横向きと色んな体勢にさせられ、赤ちゃんが正常な位置に戻るかやってみたけどうまくいきません。

 

陣痛の痛みの中、

『この子は産まれようと思ったけど、やっぱりまだお腹の中に居たいって訴えてるのね。きっと自我が強くて甘えん坊さんだわ〜。』

そう思いました。

 

陣痛で雷に打たれるような痛みの中での四つん這いは、経験した人なら分かるかと思いますが、いきみを逃すことができないのでありえない程つらい体勢です。これを何度もやったのだから本当に辛かったし、自分でもよく頑張ったと思います。

 

前駆陣痛から本陣痛の長時間の痛みで体力も消耗していたため、お腹を切っても何でもいいから早く終わらせて、この子を外の世界へ出してあげてほしいと思いました。

 

赤ちゃんの体勢が変わらないとわかると、急にたくさんの人が分娩室に入ってきてガヤガヤとしはじめました。今度は何が起きるのかと思ったら、主人と私に

「赤ちゃんと母体が危険なので緊急帝王切開に切り替えます」

と言われました。

 

夫が説明をきき、たくさんの書類にサインしていく中、わたしには酸素マスクが装着。陰毛はバリカンで剃られ、術後は長時間起き上がれなくなるので、むくみとりのスパッツを履かされ、産褥ショーツに履き替えさせられました。

麻酔を打たれると陣痛の痛みは嘘のように無くなりました。無痛分娩だとこんな感じなのかなー?なんて思いながら準備が整ったようで

「それでは手術室へ移動します!」

と慌ただしい雰囲気。夫は手術室には入れないのでここでお別れしました。

 

緊急帝王切開で出血多量、もしくは手術中に問題が起きれば夫にはもう会えないかもしれない。そう思いましたが、仮にわたしが死んでもこの子さえ生きててくれればそれでいい。そう決心していました。

 

手術室へ到着して、決心はしたけど手術は初めてだし、スルッと産む予定だった赤ちゃんには未だに会えず、陣痛は痛かったし疲れたしで精神は不安定でした。

「これから胸から下に麻酔をかけて、おへその下を切って赤ちゃんを取り出すよ」

そう言われて、「はい」と頷くものの、不安で大泣きする始末。

「お母さんになるんだから、泣かないの。大丈夫だから、涙拭いて頑張るんだよ!」

そう言われて、何があっても大丈夫。そう自分に言い聞かせました。

 

内臓を触られる感じがして、何だか気持ち悪いけど、痛くはない。変な感じだなーと呑気に考えてると

「赤ちゃん出るよ!!」

と声が。

「オンギャー、オンギャー」「元気な女の子ですよ!!」

そう言われて顔を見せられたが、麻酔で体は動かないため触れることもできずに、あー、産まれたのね。よかった。そう安堵したのもつかの間で、内臓をお腹の上から思いっきり押され胎盤を出され、

「子宮の中を洗い流すね」

といわれお腹の中を洗浄されました。

 

「全身麻酔に切り替えます!」

と大きな声がしてびっくりしていると

「これから何時間か眠っちゃうけど、大丈夫だからね」

と声をかけられいつの間にか手術は終了。

 

目がさめると、目の前には義母が。

「大丈夫?よく頑張ったわね」

見たことない顔で泣きじゃくる義母に安心して、わたしも大泣きしてしまいました。

 

死を覚悟したけど、生きててよかった。そう感じました。疲れていたようでまたすぐに眠ってしまい。次に起きた時に体を動かそうとしましたが、

「え?わたしの体?」

そう思うくらい全く力も入らず、動かそうとすると激痛が走り、これで赤ちゃんを抱っこしたり授乳するなんて無理だと思いました。

 

トイレに自力で行くこともできないので、バルーンを膀胱に入れられ排泄は寝たきりで自動でされるようになっていました。

全部が初めてのことで、食事も排泄も全てが寝たきりで完了するのが不思議で不自然で、なんとも言えない気持ちでしたが、寝返りすらできないのでありがたかったです。

 

普通分娩の人はすぐに赤ちゃんを抱っこして授乳したり、普通に歩いてトイレに行ったらシャワーをしたりするのに、私は産後3日間娘に会うことはできませんでした。

 

新生児室から一番遠い部屋に入院していましたが、朝から晩までずっと泣き続ける娘の声がずっと聞こえてきました。

まだ一度も抱っこしていないのに、不思議と娘の声はわかるもので、

「お腹空いてるのね、私を呼んでいるのに来なくてずっと泣いてるんだ。呼んでくれているのに会いに行けなくて、抱っこできなくて、おっぱいをあげられなくてごめん」

そう思いながら私も泣いていました。

動けるようになったら、すぐに授乳できるようにおっぱいをマッサージして、水分は4リットルほど飲んでいました。

 

ようやく自分で歩けるようになって排泄もトイレでできるようになったころ、ようやく娘に会いに行き、抱っこして授乳することができました。

帝王切開のときに子宮を洗浄したので、普通分娩の人と違い悪露はほとんど量も出ず、そこに関しては楽でした。

 

入院に慣れたころ、前駆陣痛〜本陣痛〜緊急帝王切開を経験することをフルコースと言うと知りました。

初めての出産でまさかこんなことになるとは思ってもみなかったですが、母子ともに無事ならそれでいいか。そんな気にもなりました。

 

ちなみに娘はもうすぐ2歳になりますが、産まれる前も産まれてからもずーっと甘えん坊で自我が強い女の子です。

 

著者:ムラ

妊娠中からお腹に話しかけて意思疎通をしていたおかげで、娘は言葉の理解が早い賢い子に育っています。

甘えん坊な娘と姉妹のように過ごす毎日。

のんびりゆっくり一歩ずつ育児を頑張っています。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。