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2度目の妊娠!喜んだのも束の間。沢山の出来事。

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初めての妊娠は胃の不調で訪れた消化器内科で、卵巣に出血が見られるから救急病院へ今すぐ行ってください!と言われ緊急外来にて総合病院での妊娠判明でした。

尿検査での判明だった為、まだ確実ではないものの陽性反応は出てるとの事。

 

予想もしない出来事にビックリ!

結婚して約2年が経った時でしたから頃合いもよく、"私お母さんになるんだ。!"とビックリした反面すぐ嬉しい気持ちが湧いてきました。

 

早いかなとは思ってたものの待ちきれなく、5週で近所の産婦人科へ。

「まだ見えないですね、尿検査の反応も薄いです」そう言われて、まだまだ未知の私は2週間後また産婦人科へ。

 

膣内エコーしたものの、その時は何も言われず隣の部屋へと案内されそこで先生が口を開いたのは

「この週期だと心拍が確認出来るのですが、今回も出来ませんでした。来週また見て大きくなってなかったら悲しい話をしなければなりません」

頭が真っ白になって鳥肌が立ちました。翌日願いも虚しく、出血があり切迫流産と自宅で絶対安静を言い渡されました。

 

不安な気持ちとこの子を守りたいという気持ちが入り混じって、お腹が痛くても我慢出来ました。4日後、数分間隔で迫り来る痛みの中で赤ちゃんが出てきてしまい、大切にくるんですぐ病院へ行きました。

あの時の気温や待合室でのじっとりとした気持ち、涙が止まらなくてポタポタ溢れ出てたこと、今でも忘れません。

病院側が考慮して下さりすぐ呼ばれました。

「残念ですが、子宮がきれいになっています。流産です」

分かっていたけど、突き刺さる現実に涙が溢れてきて先生が沢山ティッシュをくれました。

 

その時

「実は流産って3割の人が経験するよくあることなんです。今回は赤ちゃんからお別れしたんですよ。子宮が元どおりになったらきっとまた妊娠出来ます。大丈夫ですよ」

と担当してくださった女医の先生の言葉が励まされたような、悲しいような不思議な気持ちになりました。

 

その後、子宮収縮剤の副作用がキツくて歩けなくなったり、何を見ても何をしててもお腹の赤ちゃんのことを思い出していました。たった1ヶ月だけなのに、私はお母さんでいたんだと心底思いました。

 

そこから水子供養に行ったり、花を飾ったり、仕事を再開したりして、少しずつ気持ちの整理がつきました。

 

数ヶ月後に子宮頸がん健診をした際、担当してくれた先生があの優しい言葉をかけてくれた先生でした。また子どもが欲しいと伝えたところ

「子宮内も綺麗ですし全然大丈夫だと思いますよ!」

と背中を押してくれました。

やっと生理が今まで通りに戻って来たので妊活を開始。基礎体温と排卵検査薬を使ってチャレンジしたところ、翌月に妊娠判明。

これまたビックリ!!でも一度流産の経験がある方は分かると思いますが、今回は大丈夫だろうか、と不安が9割ありました。

 

気持ちが不安定でやや出血があり、早い段階で産婦人科へ。色々悩み、今回は違う病院に行く事にしました。やはり早いのもあってか、「多分これが赤ちゃんの袋だけど、小さすぎて分からないから2週間後に来てね」と言われ長い長い2週間を過ごしました。

 

待ちに待った病院へ。

「心拍確認出来ますね!」と小さく丸くチカチカしてるお腹の赤ちゃん。

嬉しさと安堵と緊張で涙がぽろぽろ流れ出ました。

安心したのも束の間、先生から「しばらく自宅安静できますか?」と。赤ちゃんの袋の横には絨毛膜下血腫がありました。話を聞くと一緒に流れる場合もあれば、出血だけもあるし、痣のように身体に中に蒸発する事もあるとの事でした。

 

嬉しさと不安がまた入り混じった中で、2週間寝たきり生活。つわりも酷かったため4キロ痩せました。

 

そんな中、職場の同僚が同時期に妊娠し流産してしまったことを聞かされました。職場は私とその人とその人の旦那さんの3人で働いていた為、悩みに悩んでその同僚の気持ちが分かりすぎて、退職を決めました。

私にとって今回の妊娠は嬉しい出来事なのに、どんな風に飲み込んでいいのか分からずしばらく塞ぎこみました。

その時期、親友の結婚式があり寝たきりでしたが、何が何でも行く!と決めていたため久しぶりの外出。

大切な親友も私と近い時期に流産してしまい、私のことを支えてくれた大切な1人です。お互い嬉しい事も悲しい事もたくさん共感してきた人です。悩んだけど、自分の身体がこれからどうなるか分からないし、その時は妊娠を内密にして出席することにしました。

 

当日、久々に会う友人やとっても幸せそうな親友。何故かつわりが無く久々に美味しいものを食べられて、とても幸せな気持ちになれよい気分転換になりました。

 

その後、絨毛膜下血腫は身体の中に蒸発し安静解除に!長くて長くて、色々悩んで、私がいることで人を傷つけてるかもしれないという複雑な感情を乗り越えて、もうすぐ妊娠後期に入ります。

 

乗り越えた後に親友から、赤ちゃんがまた来てくれたとの報告がありました。自分の事のようにとっても嬉しかったです。

辛い過去を背負いながら、長く不安な期間。今でも不安だし、1番初めの妊娠を忘れる日はないです。つらい経験だったけど、流産経験者にしか分からない大切な感情があると思います。

 

今となってはつわりがしんどかったこと、自分の周りでの悲しい出来事も、受け入れながら前に進むしかないんだなと思います。

私はあまり流産したことを隠していません。なぜなら私にとって大切な1つの思い出だからです。忘れなくていい、むしろずっと大切に想っていたいです。

あの子はあの子で、今お腹にいる子はまた別で、私の元に来てくれた子だと思っています。

 

相変わらずめそめそしたり、不安になったりするけれど、赤ちゃんは自分が思っているよりも強くて丈夫なんだなぁと考えを改めさせられる事の方が多いです。

 

毎日元気に動く我が子。早く会いたいけど「まだ出てきちゃダメよ〜」と声をかけながら私は、またお母さんになれる準備をしています。

著者:ものものちゃん

旦那30歳 妻30歳

7年の交際期間をえて結婚。

今年で結婚4年目

 

妊娠中はひたすら料理とごろごろ。

※プロフィール情報は記事掲載時点の情報です。