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化学流産や流産、陰性を何度も経て、11回目の凍結胚移植で妊娠!

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当時26歳。生理周期に少しムラがあり、すぐに妊娠できる体だとは思っていませんでしたが、まさかあんなにこじらせるとは思いもよりませんでした。  

私の夫は、20歳の頃に精巣がんの放射線治療を受けており、念のために治療前に精子を凍結していました。

そんな事もあって自分でタイミングを2回とって出来なかったので、すぐに産婦人科を受診。

そこでは詳しい検査はなく、さらに病院の指導のもと、タイミング法を2回試しました。しかし結果は出なかったのですぐ不妊治療専門の病院を受診しました。

そこで、夫には精子がないことが分かりました。

もともとその可能性を知っていたので私は驚きませんでしたが、夫はかなりショックを受けていました。

その後すぐ精子を預けてある不妊治療の有名な病院へ転院をし、ここから過酷な治療がスタートしたのです。

タイミング法でかなり気を落としていたこともあり、「早く治療を受けたい」とかなり焦ってはいました。

それにもかかわらず、

「説明会を受けないと受診できない」、「説明会予約は1ヶ月先」、「初診予約も1ヶ月待ち」…。

時はどんどん過ぎて行きました。

同じ頃に妊活し妊娠した人のお腹がどんどん大きくなっていくのに、自分は治療さえ受けられないもどかしさに毎日泣いていました。

ようやく治療が始まって、驚くことばかりでした。すごい人の多さと待ち時間の長さ、1回の受診で毎回3〜5時間ほどかかりました。

頻繁に行う血液検査、自己注射、内診、採卵…。思い出すのも辛い日々でした。

そして1番辛かったのは判定日です。

検査の結果、私は何も問題なく、卵も沢山採れて受精率も良かったのに、何度移植しても妊娠しない。

若いので1回で妊娠するでしょうと言われたのにどうして…と本当に苦しかったです。

 

 

さらに、悲しいことに2回に1回は化学流産になっていました。

判定日に妊娠おめでとうございますの紙を受け取り、次の診察では胎嚢が見えず1回お休み。パートも辞めてやれる事は全て試してみましたが、結果は出ませんでした。

 

もう希望を失っていた凍結胚移植6回目。

はっきりと妊娠しました。胎嚢も心拍も確認でき、悪阻も出てきた時、「いよいよ次で不妊クリニックを卒業!」という健診で、先週まで動いていた赤ちゃんの心臓は止まっていました。

「赤ちゃんが1人で行ってしまった天国に私も行きたい」と思いました。どれだけ泣いても辛くて悲しい気持ちになったのです。

 

でも、治療を休む事は考えられませんでした。

立ち止まるのが怖かったので、流産の手術を受けてすぐ2度目の採卵をしました。

「自分が弱かったから赤ちゃんはいなくなってしまったんだ」と思い、気持ちを奮い立たせて治療にお金も時間も費やし、専念しました。

しかし結果は虚しく化学流産すらしなくなり、とうとう10回目の移植も陰性となりました。

そこで、転院するか、3回目の採卵をするか、養子を検討するか、子どもは諦めるか、初めて他の選択肢を考えました。

不妊治療を始めてからの私は、いわゆる「不妊様」で性格がねじ曲がり別人になりました。

友達とは疎遠になり、仲の良かった姉とも疎遠、親も理解してくれないとけんか続きで、誰も相談相手がいませんでした。

そこで、人生初めて占いに頼りました。知り合いの占い師に見えもらうと「転院したほうがいい、春に授かる」とアドバイスをもらいました。

 

さっそく転院し3回目の採卵を行いました。そして11回目の移植を行った春に無事妊娠できました。

 

 

その後、産む前日まで吐き続けるという地獄の悪阻がやってきましたが、今、隣ですやすやと眠っている可愛い娘を見ていると全てが報われた気持ちがします。

本当に辛かったですが、その分、今幸せを感じています。

著者:ばい

25歳から妊活を開始、

26歳から不妊治療する。

採卵3回、移植11回、流産1回。

28歳で妊娠、29歳で出産。

先日無事1歳を迎えました。

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