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子宮を諦めきれるか…決心がつかないまま「子宮頸がん」の手術日に。同病の方の優しい励ましに涙…

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前回私は、いかにして私に子宮頸癌が発覚し、どん底の精神状態に陥ったかを書きました。

 

そんな中で主人の優しい言葉に救われ、毎日涙を流すうちに少しだけ冷静さを取り戻していった私。しかし、「万一の時に子宮を諦めきれるかどうか」についてだけは心が決められないまま、あっという間に手術の日を迎えます。

 

私の場合、とりあえず癌は子宮頚部の底辺付近にのみ確認されていたので、この初回手術では、そこをメスで三角コーン型に切り取って縫合する「円錐切除」という方法が選ばれました。

子宮頚部とは、いわゆる産道の一部で、膣内にある子宮口と子宮本体(袋部分)との間の細い管のような部分であり、円錐切除は、その子宮口に底辺、子宮本体側に頂点を描いて、円錐型に数センチ切り取る方法のことです。

そして、「初回手術」と書いたのは、実は私はこの手術前に、「今回の手術で判明する病巣の状態によっては、再度、お腹を開いての手術等をしなければならない可能性も出てくるかもしれない」と言われていたからなのです。

 

円錐切除という手術は、「癌がどれぐらい広がっているのかの確認検査を兼ねられる手術」とのことでした。医師からは手術前に、「今回、疑わしい部分+多少の余裕分を切り取る予定だが、その取った組織をくまなく調べて、万一切った淵にもまだ癌細胞が残っていたり、表面だけでなく組織の深くまで浸潤していた場合には、この手術では癌が取り切れていなかったり、転移の可能性もあることを意味する。

その場合には、改めて抗がん剤治療や子宮本体摘出の手術も考えることになる」との説明を受けていました。

出産したかった私はそれを聞いて「今回の手術自体よりもその検査結果の方が怖い…」と思ったのを覚えています。

 

同じ子宮頸癌でも、状態が軽い(=癌が組織の表面にとどまっている模様で、場所も子宮口付近のみと思われる)場合には、レーザーで焼き切る簡単な手術方法もあるそうです。ただ、その方法では癌細胞を焼いてしまって検査に出せないため、端まで全て取りきれたか、そして組織の深くまで浸潤していないかの確たる診断ができず、私の状況には向かないとのこと。結果、今回私は、全身麻酔をしてメスで切り縫う方法の手術になりました。

 

全身麻酔となると、そのための術前検査も多岐に渡ります。血液検査や尿検査はもちろんのこと、心電図、レントゲン、呼吸検査、さらには血液凝固時間などなど…。山盛りの問診もありました。

今回、手術自体は難しくないそうですが、全身麻酔となると自発呼吸も止まるので、喉から人工呼吸器も入れますし、非常にまれだが麻酔薬で急なアレルギー発作を起こして命に関わるケースもあるとのこと。

家族同席のもと、医師や看護師さんからそういったあらゆる説明を受け、何枚もの同意書にサインし、前日入院で絶飲絶食も経て、手術日を迎えます。

 

病院のベッドで過ごした手術前夜は眠れず、一晩中「もし検査結果が悪かったらどうしよう」「いや、もうなるようにしかならないさ」などと気分の浮き沈みを繰り返し、一人で悶々と寝返りを打つ夜を過ごしました。癌患者さん数名と同じ病室で、たまたまその中のお一人が夜中に痛みで唸られているのを聞き、悪い想像が増したのもあるかもしれません。

 

早朝、そんな私を見かねてか、同室で50代ぐらいの女性がお手洗いで優しく声をかけてくれました。医師の説明が漏れ聞こえて病名がわかってしまったけれどごめんなさいね、と切り出した彼女は、実は自分も同じ病気で、転移もあって一度は絶望から鬱にもなりかけたが、手術と抗がん剤を併用して既に10年癌と共生していること、今も抗がん剤治療期間以外は元気に暮らしていて、働いてもいること、今回の入院はまた抗がん剤の治療であること、さらには近々お子さんと海外旅行に行く予定もあることなどを話して下さいました。

そして最後に、「手術室に行ったらもう何も考えず、頭の中で歌って、楽しいことだけを考えているのよ」と…。優しさに涙が溢れ、手術前にこの方と話せてよかったな、と思いました。

 

朝になり、ばたばたと手術準備が進む中で主人や家族が来てくれましたが、もうお互い言葉にならず、無言で手を握りしめたままストレッチャーで手術室へ向かいます。部屋を出る時、今朝の女性が反対の手を握ってくれ、再度「歌っているのよ」とだけ言って笑ってくれました。

 

主人を含む家族とは、手術室の前で別れました。手術室に入ると、何度も名前や生年月日、病名や手術部位、説明を受けている手術方法を確認されます。温かい手術台に寝かされ、あの女性に言われた通り、必死に頭の中で歌っているうちに、酸素マスクがつけられて、5、4、3…と数えるように言われます。

 

次に私の目が覚めた時、私はもう、病室のベッドの上にいたのでした。

~次回、「手術終了、退院、そして恐怖の結果説明」編 に続く

 

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著者:ルルちゃん
子どもの年齢:2歳

30歳目前にて結婚、ベビ待ち中に癌発覚。 様々な障壁を乗り越え、35歳でようやく待望の出産。 その後も子供の手術などを経るが、 現在は元気な子供と夫との生活に奔走中の37歳。

 

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